金属錯体の超高速励起状態ダイナミクス
遷移金属錯体の励起状態は、項間交差や構造変化など、d電子の影響により複雑かつ高速な変化を示します。 このような金属錯体の励起状態を理解するためには、超高速時間分解分光学の方法論が必要不可欠です。ビス(2,9-ジメチル-1,10-フェナントロリン)銅(I)錯体は、トリス(2,2’-ビピリジン)ルテニウム(II)錯体に代わる安価な光増感剤として注目されていますが、この分子は可視部に金属・配位子電荷移動(MLCT)吸収体を持ち、励起状態で銅(II)錯体になります。 このとき、銅(II)錯体によく見られるヤーン・テラー効果により、D2d対称性からD2対称性への大きな構造変化が起こります(図1)。
図1 銅(I)ビスジメチルフェナントロリン錯体の構造と励起状態の構造変化
我々は、この錯体についてフェムト秒時間分解発光分光で実時間観測し、構造変化に伴う発光スペクトルの変化の様子を同定しました(図2)。
図2 励起直後から0.3ps~1.0psにおける銅(I)ビスジメチルフェナントロリン錯体の構造変化に伴う発光スペクトルの時間変化の様子
この発光スペクトルの変化の様子をよく見ると、675nm付近に等発光点があることが分かります。 このことは、構造変化前の励起1重項状態が、有限の寿命(660fs)を持つことを示します。 すなわち、エネルギー曲面上において、構造変化前の1重項状態周辺が、へこんでいることを示唆しています(図3)。
図3 予想される銅(I)ビスジメチルフェナントロリン錯体のポテンシャルエネルギー曲面
[1] M. Iwamura, S. Takeuchi, and T. Tahara, J. Am. Chem. Soc., 129(16), 5248-5256 (2007).