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理化学研究所

田原分子分光研究室 Molecular Spectroscopy Laboratory

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超高速光化学反応におけるコヒーレント核運動の観測

10フェムト(10-14)秒オーダーの短い光パルスはフーリエ変換の関係から1000cm-1以上の広いエネルギー幅をもちます。そのため、極短パルスで分子を光励起すると複数の振動固有状態がコヒーレントに励起された重ね合わせ状態を作ることができます。この振動的にコヒーレントな励起状態は時間発展しますが(核波束運動)、それを観測することにより分子の核の動きを実時間で知ることができます。特に反応性分子の場合、コヒーレントな前駆状態から反応が起こるため、反応初期過程におけるコヒーレント核運動と反応による分子構造変化(反応座標)との連関に興味がもたれています。私たちの研究室では高い時間分解能(30フェムト秒)をもつ紫外・可視二色ポンプ・プローブ分光を行い、代表的な超高速反応(光プロトン移動、光異性化、光解離など)を起こしている励起状態分子の核波束運動を研究しています[1-6]。

1.10-ヒドロキシベンゾキノリンの分子内光プロトン移動

この分子は光励起状態において25フェムト秒程度でプロトン移動反応を起こし、エノール体からケト体へと変わります。反応励起状態からの誘導放出信号には核波束運動を反映したビート信号が数ピコ秒にわたり明瞭に観測されることから、この反応がコヒーレンスを保ったまま進むことがわかります。このビート信号の解析から、コヒーレントに励起されている分子振動はプロトンの供与部と受容部間の距離を大きく変調し、プロトン移動ダイナミクスに影響を与えていることがわかりました[4]。

2.シススチルベンの光異性化反応

シススチルベン(C6H5-C=C-C6H5)は光を吸収すると分子中央の2重結合がシスからトランスに異性化します。この分子の光励起直後の吸収変化を極短パルスを用いて調べると、約150フェムト秒周期(約220cm-1に相当)で信号がビートすることが分かりました。ビートの減衰時間が異性化反応時間より速いことから、異性化する前に振動のエネルギーが非常に速く分子内に分配されていると考えられます。時間分解吸収スペクトルを解析した結果、このビートの起源は分子内振動による電子状態の混合に由来していることが分かりました[3,6]。


上のような研究から、化学反応における核波束運動の役割には以下のようにいくつかのパターンがあることが分かってきました[5]。


(a)核運動の向きが反応座標と同じで、核運動と同期して徐々に反応が進行するモデル
(b)核運動が反応座標と強く結合していて、反応の進行を「アシスト」しているというモデル
(c)核運動と反応座標の結合は弱く、一旦準安定反応前駆状態に落ち着くというモデル

[1] S. Takeuch and T. Tahara, Chem. Phys. Lett. 326, 430-438 (2000).
[2] S. Takeuchi and T. Tahara, J. Chem. Phys. 120, 4768-4776 (2004).
[3] K. Ishii, S. Takeuchi, and T. Tahara, Chem. Phys. Lett. 398, 400-406 (2004).
[4] S. Takeuchi and T. Tahara, J. Phys. Chem. A 109, 10199-10207 (2005).
[5] T. Tahara, S. Takeuchi, and K. Ishii, J. Chin. Chem. Soc. 53, 181-189 (2006).
[6] K. Ishii, S. Takeuchi, and T. Tahara, J. Phys. Chem. A 112, 2219-2227 (2008).