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理化学研究所

田原分子分光研究室 Molecular Spectroscopy Laboratory

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反応分子の実時間構造追跡

反応の途中で分子がどのように形を変えながら反応物から生成物へと変わっていくのかを知ることは化学反応の究極の理解の1つであり、物理化学者の長年の夢でもあります。これまでこのような反応途中の分子構造を観測することは非常に困難であったため、多くの議論は過度に簡略化されたポテンシャル曲線にもとづいたものに留まっていました。この限界を超えるため、私たちの研究室では10フェムト秒パルス光を使ったインパルシブラマン分光と呼ばれる独自の手法を開発し、反応途中の一瞬一瞬の分子の形をラマンスペクトルの形で捉えることに成功しました。
オレフィン異性化の典型例として知られるシス-スチルベンのシス→トランス光異性化は約1ピコ秒で進む代表的な超高速反応の1つです。この反応をフェムト秒インパルシブラマン分光で調べてみると、反応性励起状態(S1状態)に特徴的な振動が240 cm-1付近に強く観測されました。注目すべき点は、このラマンバンドの重心振動数が(初期のわずかな増加の後、)約10%もゆっくりと減少することが分かりました。この結果は、異性化に伴う分子の構造変化との非調和結合によりこのモードの力の定数が小さくなったため、と考えることができます。これはいわば振動数変化を通した構造追跡、といえます。共同研究として行った高精度量子化学計算でも、この観測された振動数の振舞いを再現することができました。この結果、シス-スチルベンの異性化では、これまで考えられてきた振舞いとは異なり、主に中央の2つの水素原子の面外変位によって分子がねじれていくことが明らかになりました。このように、最先端レーザー分光と高精度計算との組み合わせにより、反応途中の分子の連続的な構造変化を可視化することが可能となりました。


シス-スチルベンの超高速光異性化反応に対するフェムト秒インパルシブラマン分光実験。反応性励起状態(S1状態)分子に10フェムト秒パルスを照射してラマン活性振動を誘起し、核の動きを時間領域で直接観測することにより励起分子の振動構造変化を探る。

[1] S. Takeuchi, S. Ruhman, T. Tsuneda, M. Chiba, T. Taketsugu, T. Tahara, Science, 322, 1073-1077 (2008).
[2] S. Fujiyoshi, S. Takeuchi, T. Tahara, J. Physical Chemistry, A107, 494-500.